第2回 なぜ今、人的資本経営が必要なのか(シリーズ人的資本経営)―人手不足・価値観の変化・企業評価の変化が突きつける現実―

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はじめに

前回は、「人的資本経営とは何か」について、人材を単なるコストではなく、価値を生み出す資本として捉える考え方であることを整理しました。

では、なぜ今これほどまでに人的資本経営が注目されているのでしょうか。

人的資本経営という考え方自体は、突然生まれたものではありません。以前から、人材の重要性は多くの企業で認識されてきました。しかし近年、このテーマが急速に重みを増しているのは、企業を取り巻く環境が大きく変化しているからです。

かつてのように、「人を採用し、配置し、管理する」という発想だけでは、組織を維持すること自体が難しくなりつつあります。今は、人材をどう確保するかだけでなく、どう活かし、どう成長につなげるかが、企業経営の核心になっています。

本記事では、なぜ今、人的資本経営が必要なのかについて、実務の現場で特に重要な背景を整理していきます。

人的資本経営が注目される背景

人的資本経営が必要とされる背景には、いくつかの要因がありますが、特に重要なのは次の三つです。

  • 人手不足の深刻化
  • 働く人の価値観の変化
  • 企業に対する評価軸の変化

これらはそれぞれ独立した問題ではなく、相互に影響し合いながら、企業に大きな変化を迫っています。

1.人手不足が「構造問題」になっている

まず第一に、人手不足が一時的な問題ではなく、構造的な問題になっていることが挙げられます。

少子高齢化により、労働力人口は長期的に減少傾向にあります。特に中小企業では、求人を出しても応募が集まらない、採用しても定着しないといった悩みが常態化しています。

かつては、採用活動を強化すれば一定程度は人材を確保できました。しかし現在は、採用市場そのものが売り手市場となっており、企業側が選ぶというより、求職者から選ばれる立場になっています。

そのため、「足りないから採る」という発想だけでは、問題は解決しません。今いる人材が力を発揮しやすい環境を整え、定着し、成長し、活躍できる状態をつくることが以前にも増して重要になっています。

人的資本経営が注目されるのは、まさにこの点にあります。人が集まらない時代だからこそ、一人ひとりの価値を最大限に引き出す経営が求められているのです。

2.「会社に合わせる」だけでは人が残らない時代になった

第二に、働く人の価値観が変化していることがあります。

かつては、安定した会社に入り、長く勤め続けることが幸せな働き方だと考えられることが少なくありませんでした。企業に適応し、会社のルールに従い、組織の一員として働くことが重視されていた面があります。

もちろん、今でも安定や安心は重要です。しかし現在は、それだけでは人材を引きつけることが難しくなっています。

特に若い世代を中心に、

  • 自分が成長できるか
  • どのようなスキルが身につくか
  • 評価は公平か
  • 自分らしい働き方ができるか

といった観点で企業を見る傾向が強まっています。

つまり、単に「会社に合う人」を探すだけではなく、企業の側が、多様な人材を受け入れ、その能力を活かせる仕組みを持っているかが問われているのです。

この変化は、人的資本経営の必要性と深く結びついています。人的資本経営とは、企業に人を合わせる考え方ではなく、人の力が活きるように企業の仕組みを見直す考え方でもあります。

3.離職は個人の問題ではなく、組織の課題になった

第三に、離職が単なる個人の事情として片づけられなくなっていることがあります。

もちろん、転職や退職には個人的な事情もあります。しかし実務の現場で離職が続く場合、その背景には組織的な要因があることが少なくありません。

たとえば、

  • 評価基準が不明確で納得感がない
  • 上司によって運用がばらついている
  • 成長の機会が見えにくい
  • 配置が適切でない
  • 長時間労働や業務負荷の偏りがある

こうした問題が積み重なると、従業員は「この会社で働き続ける理由」を見失いやすくなります。

人的資本経営は、こうした離職の背景を構造的に捉え直す視点でもあります。離職率を下げること自体が目的なのではなく、「なぜ辞めたくなるのか」を分析し、組織の仕組みを見直すことが重要です。

つまり、人的資本経営は、人を引き留めるための表面的な施策ではなく、人が活躍し続けられる環境をつくるための経営なのです。

4.投資家や社会が「人への向き合い方」を見ている

人的資本経営が注目されるもう一つの理由は、企業に対する社会的な評価のあり方が変わってきていることです。

これまで企業評価は、売上高や利益率など、財務情報を中心に行われる傾向がありました。もちろん今でも財務情報は重要ですが、それだけでは企業の持続的な価値を測れないという認識が広がっています。

そこで注目されているのが、非財務情報です。その中でも、特に重要視されているのが人的資本に関する情報です。

たとえば、

  • 離職率
  • 管理職に占める女性の割合
  • 研修や育成への投資状況
  • 従業員エンゲージメント
  • 労働時間や働き方の状況

といった情報は、その企業が人材をどのように扱い、どのように成長を支えているかを示す指標と考えられています。

これは上場企業だけの問題ではありません。大企業が取引先やグループ会社に対して人的資本に関する視点を持つようになれば、その影響は中小企業にも及びます。採用市場においても、「人を大切にしている会社かどうか」は、以前よりも見られるようになっています。

人的資本経営は、社内の人事施策にとどまらず、企業の社会的信用にも関わるテーマになっているのです。

5.制度があるだけでは評価されない時代になった

ここで重要なのは、「制度がある」ことと「機能している」ことは違うという点です。

たとえば、評価制度や研修制度、育成方針が形式的には存在していても、それが現場で機能していなければ意味がありません。

  • 評価制度はあるが、上司の主観で運用されている
  • 研修は実施しているが、配置や昇進に結びついていない
  • 1on1を導入したが、単なる面談で終わっている

このような状態では、人的資本経営とは言いにくいでしょう。

人的資本経営が求めているのは、制度の有無ではなく、制度が組織の中でどう機能しているかです。見た目の整備ではなく、実際に人の活躍や企業の成長につながっているかどうかが問われています。

6.「経営戦略」と「人材戦略」を切り離せなくなった

人的資本経営が必要とされる背景には、経営戦略と人材戦略を別々に考えられなくなったこともあります。

新規事業を立ち上げたい、営業力を強化したい、サービスの質を高めたい、デジタル化を進めたい。こうした経営課題は、最終的には「誰が担うのか」という問題に行き着きます。

どれだけ立派な経営計画を立てても、それを実行できる人材がいなければ実現できません。逆に、人材の強みや可能性を正しく把握していれば、より現実的で強い経営戦略を描くことができます。

その意味で、人的資本経営とは人事部門だけの話ではなく、経営そのものの話です。人材戦略が経営戦略の後づけになるのではなく、経営と人の戦略を一体で考えることが必要になっています。

実務で特に意識したいこと

人的資本経営という言葉を聞くと、大企業向けの話、自社にはまだ早いと感じる企業もあるかもしれません。

しかし実際には、人的資本経営の必要性は企業規模にかかわらず高まっています。むしろ、人材の確保や育成に余裕を持ちにくい中小企業ほど、早い段階から取り組む意味があります。

実務上、まず意識したいのは、次のような点です。

  • 人材の課題を感覚ではなく事実で捉える
  • 離職や採用難を個人の問題で終わらせない
  • 評価・賃金・配置・育成のつながりを見る
  • 経営課題と人材課題を別々にしない

たとえば、「最近若手が定着しない」という悩みがあったとしても、それを「最近の若い人はすぐ辞める」で終わらせてしまえば、改善にはつながりません。評価の納得感なのか、上司との関係なのか、成長機会の不足なのか、働き方の問題なのかを見極める必要があります。

このように、人的資本経営の第一歩は、華やかな制度導入ではなく、自社の現実を正しく見ることにあります。

まとめ

なぜ今、人的資本経営が必要なのか。その答えは、企業を取り巻く環境が大きく変わったからです。

人手不足が構造化し、働く人の価値観が多様化し、企業は人材からも社会からも選ばれる存在になりました。さらに、企業価値は財務情報だけでなく、「人をどう活かしているか」という観点でも評価されるようになっています。

こうした時代においては、人材を単に管理するだけでは不十分です。一人ひとりの能力や個性を活かし、活躍と成長につなげる仕組みを持つことが、企業の持続的な成長に直結します。

人的資本経営は、特別な企業だけが取り組むものではありません。これからの時代に企業が選ばれ、成長し続けるための、基本的な経営課題の一つだといえるでしょう。

かつては、「良い企業に入ること」が幸せにつながる時代でした。しかし今は、働く人の多様な個性や能力を活かし、一人ひとりが活躍できる企業こそが、良い企業とされる時代になりつつあります。

次回予告

第3回では、人的資本経営を実務で考えるうえで欠かせない「評価・賃金・配置・育成」という4つの基本要素について、整理していきます。

最後に

「人的資本経営が必要だとは分かるが、自社では何から着手すべきか分からない」
「採用や定着に課題を感じているが、原因がはっきりしない」
「制度はあるものの、実際にはうまく機能していない気がする」

そのような場合には、まず現状を整理し、自社の課題を見える化することが重要です。

当法人では、評価制度・賃金設計・労務管理を含めた人的資本経営の実務設計支援を行っています。ご関心のある方は、お気軽にご相談ください。

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