第9回 人が辞める会社の共通点(シリーズ「人的資本経営」)―離職を「個人の問題」で終わらせないために―

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はじめに

これまでの記事では、人的資本経営の基本的な考え方や必要性、そして「評価・賃金・配置・育成」という4つの要素について整理してきました。前回は、人的資本経営がうまくいかない会社の共通点として、目的の曖昧さ、制度間の不整合、管理職任せの運用、現場との乖離などがあることを見てきました。

今回は、その流れを受けて、「人が辞める会社の共通点」について考えていきます。

企業にとって離職は、常に避けるべきものとは限りません。組織の新陳代謝という意味では、一定の入れ替わりがあること自体は自然なことです。また、個人のキャリア選択として転職が一般化した現在、すべての退職を否定的に捉えるべきでもありません。

しかし一方で、離職が特定の部署や特定の層に偏っていたり、毎年のように同じような理由で人が辞めていたりする場合、それは単なる個人の事情ではなく、組織の側に何らかの問題がある可能性が高いといえます。

人的資本経営では、人が活躍し続ける会社を目指します。そのためには、離職を「本人の問題」で片づけるのではなく、「なぜ辞めたくなるのか」「なぜ定着しないのか」を組織の構造として捉え直すことが必要です。

本記事では、人が辞める会社に共通して見られる特徴を整理し、企業としてどのように向き合うべきかを考えていきます。

離職は「結果」であって「原因」ではない

まず押さえておきたいのは、離職そのものは原因ではなく、結果だということです。

実務の現場では、退職が発生すると、「最近の若手はすぐ辞める」「本人に問題があった」「うちの会社に合わなかったのだろう」といった受け止め方がされることがあります。もちろん、個別の事情があることは事実ですし、すべてを会社の責任とみるのも適切ではありません。

しかし、離職が繰り返し起きている場合に大切なのは、「辞めた」という事実そのものではなく、その背景に何があったのかを見ることです。

たとえば、評価に納得感がないのか、上司との関係に問題があるのか、成長の実感が持てないのか、業務負荷が偏っているのか、将来像が見えないのか。こうした要因が積み重なった結果として、離職という形で表れていることが少なくありません。

人的資本経営の観点では、離職率を下げること自体が目的ではありません。重要なのは、離職の背景にある組織課題を把握し、人が活躍し続けられる状態をつくることです。

1.評価に納得感がない

人が辞める会社でよく見られるのが、評価に対する納得感の低さです。

どれだけ日々の業務に取り組んでも、何が評価されているのかが分からない。上司によって評価の基準が違う。結果だけが伝えられ、その理由が見えない。そうした状態では、従業員は「自分がどう見られているのか」「何を頑張ればよいのか」が分かりにくくなります。

評価に対する不満は、単に査定結果への不満にとどまりません。会社が自分を正当に見ていない、自分の努力が認識されていない、という感覚につながりやすい点に問題があります。

特に若手や中堅層では、「自分の成長や貢献がどう評価されているか」に敏感です。そのため、評価制度が曖昧であったり、運用が属人的であったりすると、モチベーションの低下だけでなく、離職意向にもつながりやすくなります。

人的資本経営では、人材を活かすための土台として評価制度が重要でした。離職が多い会社では、この評価の納得感に課題があることが少なくありません。

2.賃金や処遇に対する不公平感がある

次によく見られるのが、賃金や処遇に対する不公平感です。

ここで重要なのは、「絶対的な金額の高低」だけではありません。むしろ実務では、「なぜこの処遇なのかが分からない」「責任の重さに比べて報われていない」「頑張ってもあまり変わらない」といった相対的な不満が離職につながることが多くあります。

たとえば、同じような役割を担っているのに処遇差の理由が見えない場合、従業員は制度そのものに不信感を持ちやすくなります。また、責任や負荷が増しているのに、役職や賃金がそれに見合っていないと感じる場合も、納得感は低くなります。

賃金や処遇は、会社が人にどう報いているかを最も具体的に示すものです。そのため、不公平感があると、「この会社では真面目にやる意味がない」「長くいても報われない」と感じやすくなります。

人的資本経営では、賃金制度は単なる支払いルールではなく、人材観を映す制度でした。離職が多い会社では、その制度や運用が従業員の実感とずれていることがあります。

3.配置のミスマッチが大きい

配置のミスマッチも、人が辞める会社によく見られる特徴です。

本人の強みや適性が活かされない仕事に長く置かれている。希望やキャリアの方向性と大きく異なる役割を担わされている。異動や担当変更の理由がよく分からない。こうした状況では、従業員は自分が会社の中でどのように期待されているのかを見失いやすくなります。

もちろん、すべての配置が本人希望どおりになるわけではありませんし、組織運営上の都合もあります。しかし、少なくとも「なぜこの配置なのか」「この経験が今後どうつながるのか」が見えなければ、本人にとっては納得しにくいものになります。

また、場当たり的な配置が続く会社では、常に不足している部署に人を埋めるだけの運用になりやすく、成長やキャリア形成の視点が抜け落ちます。その結果、特に成長意欲の高い人材ほど将来性を感じにくくなり、離職を選ぶことがあります。

配置は単なる人員調整ではなく、人を活かす設計です。その視点が弱い会社では、人材が力を発揮しにくくなります。

4.育成の実感が持てない

成長の実感がないことも、離職につながりやすい要素です。

特に若手や中堅層では、「この会社で働き続けることで自分は成長できるのか」という感覚が重要になります。どれだけ待遇が一定水準にあっても、学びがない、挑戦の機会がない、上司からのフィードバックもない、という状態では、将来に対する期待を持ちにくくなります。

実務では、研修自体は行っていても、それが仕事の中で活かされていないケースも少なくありません。また、OJTといいながら、忙しい現場の中で十分な指導が行われていないこともあります。結果として、本人は「放置されている」と感じることがあります。

育成が弱い会社では、従業員にとって「この会社にいる意味」が薄れやすくなります。逆に、たとえ厳しい仕事であっても、自分が成長できていると実感できる環境では、定着しやすい傾向があります。

人的資本経営では、育成は未来への投資でした。人が辞める会社では、その投資が十分に機能していないことがあります。

5.管理職との関係に問題がある

人が辞める会社では、管理職との関係性が大きな問題になっていることも少なくありません。

実際、退職理由として表面上は「キャリアアップ」「一身上の都合」とされていても、その背景に上司との関係の悪さがあることはよくあります。上司が話を聞かない、評価が不透明、指示が曖昧、感情的な対応が多い、育成の意識がない、といった状態では、従業員の働きやすさは大きく損なわれます。

特に人的資本経営の観点では、管理職は評価、育成、配置、日々の対話の中核を担う存在です。そのため、管理職の関わり方に問題があると、制度全体が機能しにくくなります。

管理職自身が忙しすぎて部下に向き合えない場合もあれば、そもそもマネジメントの適性や支援が不足している場合もあります。いずれにしても、「上司との関係が理由で辞める人が多い」という状態は、個人の相性の問題ではなく、組織のマネジメント構造の問題として捉える必要があります。

6.将来が見えない

人が辞める会社では、自分の将来像が見えにくいことも大きな特徴です。

今の仕事を続けた先にどのような役割があるのか、どのように成長できるのか、どのような処遇やキャリアの可能性があるのか。こうしたことが見えないと、従業員は「このままここにいてよいのか」と不安になりやすくなります。

特に中堅層では、ある程度仕事に慣れた後に、次のステップが見えないことが離職理由になりやすくなります。若手についても、入社時には成長機会を期待していても、数年たっても役割が広がらない、期待される姿が不明確、処遇の見通しが立たないという状態では、他社に可能性を求めることがあります。

人的資本経営では、人が活躍し続けられることが重要でした。そのためには、今の役割だけでなく、その先の成長やキャリアがある程度見えることが大切です。

7.忙しさや負荷の偏りが慢性化している

最後に、業務負荷の偏りや慢性的な忙しさも、人が辞める会社の典型的な特徴です。

特定の部署だけが極端に忙しい。特定の人にばかり仕事が集中している。人員不足が続いて、常にぎりぎりの状態で回している。こうした状況では、どれだけ制度を整えていても、従業員は心身ともに疲弊しやすくなります。

特に問題なのは、この状態が「当たり前」になってしまうことです。本人が頑張ることで何とか回っている間は表面化しにくいのですが、限界が来たときに一気に離職や休職という形で表れることがあります。

人的資本経営では、人の力を最大限に活かすことが目指されます。しかし、過剰な負荷の上に成り立つ運営では、持続的な活躍は期待できません。

忙しさそのものをゼロにすることは難しくても、負荷の偏りや慢性化を放置しないことは、離職防止の観点から極めて重要です。

離職を減らすために必要な視点

では、人が辞める会社にならないためには、何が必要なのでしょうか。

重要なのは、退職が発生したときに「本人の問題」で終わらせないことです。むしろ、その退職を通じて、自社の評価、賃金、配置、育成、マネジメント、業務運営にどのような課題があるのかを見直すことが必要です。

たとえば、

  • 離職はどの部署で多いのか
  • どの層が辞めているのか
  • 退職理由に共通点はあるのか
  • 評価や処遇への不満はないか
  • 上司との関係や業務負荷に問題はないか
  • 将来像が見えにくくなっていないか

こうした点を丁寧に見ていくことで、離職の背景にある組織課題が見えてきます。

人的資本経営とは、人が辞めないように縛る経営ではありません。人が活躍し続けたいと思える状態をつくる経営です。そのためには、離職を単なる数字ではなく、組織からのサインとして受け止めることが大切です。

まとめ

人が辞める会社には、いくつかの共通点があります。

評価に納得感がないこと。賃金や処遇に不公平感があること。配置のミスマッチが大きいこと。育成の実感が持てないこと。管理職との関係に問題があること。将来が見えないこと。そして、忙しさや負荷の偏りが慢性化していることです。

これらは、それぞれ独立した問題のように見えて、実際にはつながっています。そして多くの場合、離職はその組織課題が表面化した結果です。

人的資本経営を進めるうえでは、「なぜ辞めたのか」を個人の事情だけで捉えず、「なぜ辞めたくなる状態が生まれたのか」を組織の仕組みとして考えることが重要です。

人が辞める会社を変えていくためには、離職という結果だけを見るのではなく、その背景にある評価、処遇、配置、育成、マネジメントのあり方を見直していく必要があります。

次回予告

第10回では、この連載のまとめとして、「人的資本経営を何から始めるべきか」について整理します。自社の現状把握から、どのような順番で見直しを進めるべきかを実務の視点から考えていきます。

最後に

「若手や中堅の離職が続いているが、原因がはっきりしない」
「退職理由を聞いても、本音が見えにくい」
「人が辞めるたびに採用で埋めているが、根本的な改善につながっていない」

そのような場合には、離職を個人の事情として片づけるのではなく、組織の仕組みや運用の問題として見直すことが重要です。

当法人では、評価制度、賃金設計、人材配置、育成、管理職運用を含めた人的資本経営の実務設計支援を行っています。ご関心のある方は、お気軽にご相談ください。

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