第8回 人的資本経営がうまくいかない会社の共通点(シリーズ人的資本経営)―制度を入れても機能しないのは、なぜなのか―

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はじめに

これまでの記事では、人的資本経営の基本的な考え方や必要性、そして「評価・賃金・配置・育成」という4つの要素について整理してきました。人的資本経営は、人材を単なるコストではなく、企業価値を生み出す資本として捉え、その力を引き出していく経営です。

もっとも、人的資本経営の重要性が広く語られるようになった一方で、実務の現場では「制度を整えたのにうまくいかない」「形は作ったが現場に浸透しない」といった声も少なくありません。

評価制度を見直した。研修制度を整えた。エンゲージメント調査も始めた。にもかかわらず、離職は減らず、管理職は疲弊し、従業員の納得感も高まらない。こうした状況は珍しくありません。

では、なぜこのようなことが起こるのでしょうか。

人的資本経営がうまくいかない企業には、いくつかの共通点があります。逆にいえば、その共通点を理解することで、制度を「導入すること」と「機能させること」の違いも見えてきます。

本記事では、人的資本経営がうまくいかない会社に見られる典型的なパターンを整理し、何が問題になりやすいのかを実務の視点から考えていきます。

制度があることと、機能していることは違う

人的資本経営がうまくいかない原因を考えるうえで、最初に押さえておきたいことがあります。それは、制度があることと、制度が機能していることは全く別だという点です。

実務では、制度を作ること自体が目的化してしまうことがあります。たとえば、評価制度を新しく作る、人事制度を改定する、研修体系を整備する、エンゲージメント調査を導入するといったことです。もちろん、これらは大切な取り組みです。

しかし、制度は作っただけでは動きません。現場で理解され、運用され、他の制度ともつながり、結果として人の行動や組織の状態に変化が生まれてはじめて意味を持ちます。

人的資本経営がうまくいかない企業では、この「運用」と「連動」の視点が弱いことが少なくありません。

1.目的が曖昧なまま制度だけ導入している

まずよくあるのが、何のために取り組むのかが曖昧なまま制度だけ導入しているケースです。

たとえば、「人的資本経営が重要らしいから評価制度を見直そう」「他社がやっているからエンゲージメント調査を入れよう」といった形で取り組みが始まることがあります。こうしたスタート自体が悪いわけではありませんが、目的が曖昧なままだと、制度の設計も運用もぶれやすくなります。

本来、人的資本経営は、自社の経営課題や組織課題と結びついていなければなりません。たとえば、若手の離職が多いのか、管理職層が育たないのか、部門間の連携が弱いのか、評価への不満が強いのかによって、重点的に見直すべきテーマは異なります。

ところが、目的が曖昧なままだと、「何となく制度を作る」「何となく調査する」という状態になりやすく、結果として現場にも必要性が伝わりません。

人的資本経営は、流行への対応ではなく、自社の課題を解決するための取り組みであることが出発点です。

2.評価・賃金・配置・育成がバラバラである

次によく見られるのが、各制度が個別に存在していて、相互につながっていないという問題です。

人的資本経営の全体像として、第3回で見たとおり、評価・賃金・配置・育成は本来連動している必要があります。しかし実務では、評価制度は評価制度、研修は研修、賃金制度は賃金制度というように、別々に考えられていることが少なくありません。

たとえば、評価制度では挑戦や成長を重視しているのに、賃金制度では年功的な運用が続いている。あるいは、育成に力を入れているといいながら、成長した人材を活かす配置ができていない。こうした状態では、制度同士のメッセージが矛盾してしまいます。

従業員から見れば、「会社はこう言っているけれど、実際には違う」と感じやすくなります。その結果、制度への信頼は低下し、人的資本経営は形だけのものになってしまいます。

制度は単独ではなく、全体として整合しているかどうかが重要です。

3.管理職任せにして、支援や基準整備が足りない

人的資本経営がうまくいかない企業では、制度を現場に丸投げしてしまうこともよくあります。

たとえば、新しい評価制度を導入したが、評価者研修が十分でない。1on1を始めたが、管理職に任せきりで、何を目的にどのように進めるのかが共有されていない。部下育成を重視すると言いながら、管理職にその余力も方法も与えていない。こうしたケースです。

人的資本経営の成否は、現場の管理職の関わりに大きく左右されます。しかし、だからといって管理職に任せれば自動的に機能するわけではありません。

管理職自身が制度の趣旨を理解し、一定の基準や支援のもとで運用できるようにしなければ、上司ごとの差が大きくなります。その結果、同じ会社の中でも部署によって評価の納得感や育成の質が大きく異なるという状態が生まれやすくなります。

人的資本経営を進めるには、「管理職にやってもらう」だけでなく、「管理職がやれるようにする」ことが必要です。

4.数値を取るだけで、改善につなげていない

近年は、人的資本に関する指標やデータを可視化する動きが広がっています。離職率、エンゲージメント、研修受講率、管理職比率など、把握すべきデータは多くあります。

しかし、人的資本経営がうまくいかない企業では、データを取ること自体が目的化してしまうことがあります。

たとえば、エンゲージメント調査を毎年実施しているが、結果を十分に分析せず、現場へのフィードバックや改善策に結びついていない。離職率は見ているが、「高い」「低い」で終わっていて、その背景や部署ごとの差を掘り下げていない。研修受講率は追っているが、実際に行動変容や成果につながったかを見ていない。

これでは、データは集まっていても、経営や現場の判断には活かされません。

人的資本経営において重要なのは、「測ること」ではなく「活かすこと」です。数値は現状把握や対話の入口であって、改善につながらなければ意味がありません。

5.現場の実態を見ずに、理想論だけで進めている

人的資本経営がうまくいかない企業では、理想的な制度設計ばかりが先行し、現場の実態が置き去りになっていることがあります。

たとえば、評価制度の項目は美しく整っているが、現場の業務実態とは合っていない。1on1やフィードバックを重視しているが、管理職の業務量が多すぎて継続できない。育成を重視すると言いながら、OJTを担う先輩社員に余裕がない。こうした状態です。

制度は、現場で運用されてはじめて意味を持ちます。そのため、理想として望ましい内容であっても、現場の実情に合っていなければ機能しません。

人的資本経営は、理念だけで回るものではありません。むしろ、現場の忙しさ、管理職の負荷、組織文化、既存の人事慣行などを踏まえながら、現実的に動く仕組みに落とし込むことが重要です。

「正しい制度」を作ることよりも、「自社で機能する制度」を作ることが大切です。

6.経営と人事が分断されている

人的資本経営がうまくいかない大きな原因の一つに、経営と人事が分断されていることがあります。

人的資本経営は、本来、人事部門だけのテーマではありません。人材をどう活かすかは、経営戦略そのものに関わる問題です。新しい事業を進めるにも、組織を強くするにも、それを担う人材が必要だからです。

ところが実務では、「経営は売上や事業の話をし、人事は制度や採用の話をする」といったように、両者が別々に動いてしまうことがあります。

このような状態では、人事制度が経営課題とつながらず、「人事の施策」止まりになりやすくなります。現場から見ても、「制度は増えるが、会社として何を目指しているのかはよく分からない」という印象になりがちです。

人的資本経営を本当に機能させるには、「どのような経営を実現したいのか」と「そのためにどのような人材が必要か」を一体で考える必要があります。

7.短期成果ばかりを求めてしまう

人的資本経営は、どうしても成果が出るまでに時間がかかる側面があります。評価制度の見直しも、育成の強化も、配置の最適化も、すぐに数字で成果が見えるとは限りません。

そのため、うまくいかない企業では、短期的な成果ばかりを求めてしまうことがあります。

たとえば、制度を変えたのにすぐ離職率が下がらない、研修を実施したのにすぐ業績が上がらない、といった理由で「効果がない」と判断してしまうのです。しかし、人の成長や組織文化の変化は、通常、一定の時間をかけて現れます。

もちろん、何でも長期で見ればよいというわけではありません。途中で点検し、修正することは必要です。ただ、人的資本経営を短期施策のように扱ってしまうと、本来必要な継続や対話が失われやすくなります。

人的資本経営は、短期成果の追求ではなく、中長期的に組織の力を高めていく取り組みです。

では、どうすれば機能するのか

ここまで見てきたように、人的資本経営がうまくいかない企業にはいくつかの共通点があります。では、逆に、どうすれば人的資本経営は機能しやすくなるのでしょうか。

大切なのは、次のような視点です。

自社の経営課題・組織課題と結びつけて考えること
評価・賃金・配置・育成を全体として整合させること
管理職任せにせず、運用できる支援や基準を整えること
数値を取るだけで終わらせず、改善につなげること
現場で実際に動く制度にすること
経営と人事を分断しないこと
短期だけでなく中長期で見ること

結局のところ、人的資本経営とは、新しい言葉を使うことではなく、人が活躍できる仕組みを現実の組織の中に根づかせることです。そのためには、制度設計と運用、経営と現場、理想と現実をつなぐ視点が欠かせません。

まとめ

人的資本経営がうまくいかない会社には、いくつかの共通点があります。

目的が曖昧なまま制度だけを導入していること。評価・賃金・配置・育成がバラバラであること。管理職任せで支援が足りないこと。数値を取るだけで改善に結びついていないこと。現場の実態を見ずに理想論だけで進めていること。経営と人事が分断されていること。そして、短期成果ばかりを求めてしまうことです。

こうした状態では、制度はあっても機能せず、人的資本経営は「やっているように見えるだけ」のものになってしまいます。

人的資本経営を機能させるためには、制度を増やすことよりも、自社の課題に向き合い、制度同士をつなぎ、現場で動く形に整えていくことが重要です。

人的資本経営の成否は、「導入したかどうか」ではなく、「人と組織に変化が生まれているかどうか」で決まるのだと思います。

次回予告

第9回では、「人が辞める会社の共通点」について取り上げます。離職を単なる個人の問題で終わらせず、組織の仕組みの問題としてどう捉えるべきかを整理していきます。

最後に

「制度は整えているはずなのに、なぜか現場で機能していない」
「人的資本経営に取り組みたいが、何から見直すべきか分からない」
「評価制度や育成制度があるものの、組織全体としてつながっていない」

そのような場合には、制度の有無だけでなく、目的・整合性・運用の観点から全体を見直すことが重要です。

当法人では、評価制度、賃金設計、人材配置、育成方針、管理職運用支援を含めた人的資本経営の実務設計支援を行っています。ご関心のある方は、お気軽にご相談ください。

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